弘前藩よろず生活図鑑 Web版

陸奥新報紙面で掲載した内容を、
不定期に更新していく、
Web版よろず生活図鑑です。
紙面を見逃した方も、初めて読む方も、
分かりやすい内容となっています。

2009.07.23

「元禄二年、初鱈は外ヶ浜、 二番鱈が青森、三番鱈は鰺ヶ沢」2

献上タラのお披露目

献上タラは長さ2尺(約60センチ)、
幅5寸(約15センチ)、
老中や大名などに贈られるタラも長さが
1尺7寸(約50センチ)から1尺5寸(約45センチ)
とされていたようである。
それは決して大きなものではなかった。
もし大きなタラを献上して慣例となった場合、
不漁の場合に困るからだという。
献上のタラは役人を通して城へ届けられると、
「御献上鱈」として丁寧に扱われ、
藩の重役など、
ごく限られた者のみが出入りを許される
「山吹の間」に飾られた。
ここで家老、御用人、大目付などが見分し、
藩主もご覧になった。
タラの塩加減については、
『御台所年中御本當并仕立物帳』によると、
一、塩 三合程
但し御献上鱈一本、漬水 漬塩とも
一、同 二升程 但し同箱詰めの節の詰め塩と、
かなりの塩辛さだったことがわかる。

献上タラの搬送

藩は、献上タラの搬送に非常に気を遣っていた。
元禄13年(1700)になると、
江戸まで馬を使わず
「歩行持ち」で運ばれるようになった。
これは万が一、馬が倒れて箱が壊れ、
タラに傷がつくのを防ぐためだという。
元禄元年(1688)には、
タラは江戸まで12日かかって運ばれたようだ。
参勤交代では18日を要したことや、
至急の用件には早道の者(忍者)がひた走って、
江戸まで8日かかったということからも、
献上タラはだいぶ早く江戸へ運ばれたようだ。
宝永4年(1707)に、江戸へ送られたタラは163本。
内訳は、
御献上タラ...5本/西ノ御丸...同5本
御音物(ごいんもつ)中タラ...133本
御料理タラ...20本
(内5本無塩、5本薄塩、10本辛塩)
御音物とは贈り物のことで、
中タラは老中や大名などに贈られた。
御料理タラは江戸藩邸の台所用になるもの。
無塩ものから塩を効かせたものまで、
塩加減をいろいろ工夫していたことがうかがえる。


タラを使った郷土料理

県内の浜どころでは、
単にタラといえば「マダラ」のことで、
スケトウダラは「スケソ」あるいは
「スケソウ」で通っている。
タラは捨てるところのない経済的な魚で、
皮から骨から目玉まで、
余すところなく調理された。

鱈の昆布締めタラの煮付け
タラの子和え

タツ鍋

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