弘前藩よろず生活図鑑 Web版

陸奥新報紙面で掲載した内容を、
不定期に更新していく、
Web版よろず生活図鑑です。
紙面を見逃した方も、初めて読む方も、
分かりやすい内容となっています。

2009.08.01

津軽の秋最大の風物詩
津軽の奇祭と講

挿絵1

「登山囃子」を奏で、「サイギサイギ」で登る「お山参詣」

岩木山は津軽のシンボルとして、また信仰の対象として古くから人々に崇められてきた。

旧暦8月1日に集団で岩木山に登り、ご来光を拝む伝統行事「お山参詣」は、五穀豊穣と家内安全を祈願して行われる津軽地域最大の秋祭り。

人々は、笛、太鼓、手平鉦(てびらがね)の登山囃子に合わせて、「サイギ、サイギ」と唱えながら岩木山神社へ向かい、供物や幟(のぼり)などを奉納する。

前日から山頂をめざし、早朝に山頂でご来光を拝むことを「朔日山(ついたちやま)かける」といって誇りにした。

その後は、下山囃子に合わせ、「よい山かげだ、バダラ、バダラよ」と踊りながら帰途に着く。

この行事がいつ頃から始まったかは定かではないが、江戸時代中期には7月25日に山開きを行い、8月1日から15日までが登山期間で、8月1日は藩主のみが登拝し、一般の人々は2日からと定められていた。

その後、明治に入ってから、一般の人たちも自由に登拝できるようになった。また、藩政時代は岩木山は女人禁制とされ、女性は途中の姥石までしか登ることができなかったが、明治5年(1872)に解禁となった。

天明8年(1788)から翌寛政元年(1789)までに記された『奥民図彙』には、50〜60人の人々が一団となり、「紅染(くれないぞめ)」の木綿を着て御幣を持ち、「サイゲサイゲロコントウシャ」と唱えながら登る様子が描かれている。

菅江真澄が見た「さんげさんげ」

菅江真澄は、『津軽の奥』寛政8年(1797)3月1日に、当時のお山参詣の様子を次のように記している。

『(八月初めのころは夜昼の区別なく、大ぜいの人が鼓笛を賑やかに声もどよめかして、五色の御幣を手ごとに持ちながら、「さんげさんげ」といっせいに唱えて登る声は、空にひびき谷にこだまするほどである。』(抜粋)

挿絵2

挿絵3

挿絵4

挿絵5


記事カテゴリー


バックナンバー


ダウンロード

陸奥新報紙面で掲載した内容を、プリントアウトして読みたい方に、A4サイズにレイアウトしたPDFがダウンロードできます。


参考文献・協力

弘前藩よろず生活図鑑を制作するにあたり、ご協力いただいた方々や参考文献・資料一覧はこちらから。


弘前藩よろず生活図鑑は


編集部が製作しています。