弘前藩よろず生活図鑑 Web版

陸奥新報紙面で掲載した内容を、
不定期に更新していく、
Web版よろず生活図鑑です。
紙面を見逃した方も、初めて読む方も、
分かりやすい内容となっています。

2009.12.03

保存技術の妙「漬・埋・干」の食

「漬ける」妙

飛鳥・奈良時代に大坂から都へ「塩染阿地」(塩漬の鰺(しおぞめのあじ))が運ばれていたように、「漬ける」保存は古くから行われていた。中でも漬物は日々の食事の中で大切なおかずであり、藩政時代、最も普及した保存食といえる。それだけに種類も多く、粉ぬか漬け、粕漬け、味噌漬け、粕みそ合せ漬け、切り漬けなど様々な漬物が食膳にのぼる。

魚介や肉もまた、漬けられた。珍しいものでは、菅江真澄が青森で出会ったウニの塩辛や琥珀漬け(ホヤの味噌漬け)、江戸の藩主へ届けられた牛肉の粕漬けがある。

また、藩では小国の蕨(わらび)や陸奥湾の初鱈、鶴などを塩漬けにし献上品として江戸へ運んだ。

「埋める」妙

一定の温度で、日光を遮る場所で保存すると新鮮さを保つ事ができる。「金木屋武田又三郎日記」嘉永6年(1853)12月5日では、弘前の豪商・金木屋が大根を漬ける際、100本を土に埋め保存していた事がわかる。

土中に埋めた野菜は真冬になっても凍らず、手軽に掘り出せて勝手が良い。雪深い津軽の気候を生かし、現代では地植えのまま越冬させた甘みの強い野菜の生産も行われている。

「干す」妙

今ではあまり見られなくなったが、昭和の時代までは軒先に野菜や魚などを吊す光景がよく見られた。干す事でより長期間の保存が可能になるだけでなく、凝縮した旨みを楽しめる。

寒入り後に獲られた鱈は開き鱈や棒鱈にされて遠く江戸まで運ばれ、煎海鼠(いりこ)は「長崎俵物」として重要な輸出品だった。

藩政時代、魚は塩漬けか干物として売られ、菅江真澄は『外が浜風』の中で杣人(そまびと)(きこり)が食事として「カスベ」という乾魚を持って山に入ると記している。寒冷な津軽の冬を利用して作られた氷豆腐や干し餅はおかずやおやつになった。

挿絵1

挿絵2

挿絵3

挿絵4


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