弘前藩よろず生活図鑑 Web版

陸奥新報紙面で掲載した内容を、
不定期に更新していく、
Web版よろず生活図鑑です。
紙面を見逃した方も、初めて読む方も、
分かりやすい内容となっています。

2010.11.03

スポット暖房が主流だった江戸時代

江戸では武士階級や裕福な町民などを中心に、火鉢や行火(あんか)、炬燵(こたつ)などが使われた。いずれも木炭を使うため煙や煤(すす)が発生せず、また可動式であるため重宝した。隙間の多い日本家屋では、室内全体を暖めるのは非常に効率が悪く、経費もかさむため、頭寒足熱のスポット暖房は理にかなっていたのだろう。

挿絵1

挿絵2

挿絵3

挿絵4

挿絵5

10月初めの亥の日は「炬燵開き」

火鉢は、銅、鉄、真鍮などの金属製や木製、円形の陶製品など材料も形もさまざまで、灰に木炭を入れて使用した。長火鉢は火鉢と家具を合体したもので、鉄瓶でお湯を沸かす、お燗をつける、金網で餅を焼くという以外にも、引き出しにタバコを入れられるなど多機能で、どことなく粋な雰囲気も漂う。行火は、瓦製の火入れを焼き物や石・木製の箱の中に入れ、直接手足を当てて暖める道具。燃料は木炭や炭団(たどん)、後には豆炭が使われ、寝る時は布団に入れて足もとを暖めた。

炬燵には、囲炉裏の上に櫓(やぐら)を置き布団を掛けて使う「掘り炬燵」と、行火などに布団を掛けた「置き炬燵」があった。江戸では武家屋敷の「炬燵開き」は旧暦の10月初めの亥の日、町屋の一般庶民は次の亥の日という習わしがあった。亥は陰陽五行説では水を表すことから、火難を逃れるとされた。

湯たんぽは、もともと陶製が多かったが、昭和初め頃になると金属製も登場する。使用した湯は、翌朝には洗顔などに再利用した。

カイロは、囲炉裏などで温めた石を布に包み、懐に入れて体を暖めた「温石(おんじゃく)」が始まり。近代になると懐炉灰や白金懐炉なども発明され、最近では酸化熱を利用した使い捨てカイロが主流となった。

挿絵6

挿絵7

挿絵8


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