弘前藩よろず生活図鑑 Web版

陸奥新報紙面で掲載した内容を、
不定期に更新していく、
Web版よろず生活図鑑です。
紙面を見逃した方も、初めて読む方も、
分かりやすい内容となっています。

2011.05.29

旬を採る聞

旬を採る聞

「春を摘む」行楽

 芹、よもぎ、つくしなどの若菜やわらび、 ぜんまいなどの山菜を摘んでうららかな 春の陽を浴び一日を過ごす。 また、芽生えたばかりの力強い生命力を食し、 病気を封じようとする願い。 古代の風習から始まった若菜摘みは、 宮中の行事にも取り入れられた。

将軍家にも献上津軽の春の旬を摘む

 ばっけ(ふきのとう)にあさつき、 わらび、ぜんまい...。 赤茶けた漬け菜や干し菜から一転、 春の訪れとともに瑞々しい山菜が食膳を彩る。 食料を確保するための山菜採りは、 田仕事の合間に春の野山を愉しむ好機でもある。

津軽の山菜、 特にわらびは品質の良さで知られていた。 元禄8年(1695)発刊の 『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』という本がある。 「津軽の産は円肥で味は殊によい」と記したのは、 幕府の医師・人見必大(ひとみひつだい)。 弘前藩では現在の平川市の小国や切明に場所を定め、 親指と人差し指、中指の三本の指で折る、 根本を揃え真ん中の柔らかいところ 4寸(約12㎝)ほど残して捨てる、 など細かく定められた方法で採集した わらびを塩漬けにし、 長らく将軍家へ献上していた。 また、現在の西目屋村川原平のぜんまいも 塩漬けにされて江戸へのぼり、 藩主の膳や進物に使われた。

挿絵1

身近な草花の効用。
養生は食にあり、薬は野山にあり。

ふきの葉や花、 地下茎を味噌汁か煎じた汁を飲んで解熱剤に。 タラノキの根を煎じて飲めば胃がんに効き、 樹皮を煎じて飲めば利尿作用剤、糖尿病、 じん臓の特効薬になる。 あるいは、タラノキの根とごぼうの根を煎じて 飲めば胃病に効果がある。 碇草は痰咳に効き、 疲れもとれるといって根のまま乾かして お茶代わりに飲んだ。 アケビは茎と葉を煎じて飲めば 利尿剤や頭痛の薬となる。 先に挙げたものは 言い伝えられてきたほんの一部。 山に親しみ自然を友に暮らした先人たちは 野山にあるものを糧にし、 また薬としても利用していた。

憩いの地「南溜池」

南塘グラウンドとして親しまれている 場所はかつて、「南溜池(みなみためいけ)」、 または「鏡ヶ池(かがみがいけ)」と 呼ばれる溜池があった。 今は水が抜かれ、藩政時代の面影は見られないが、 元来は城の南を守る堀として、 また、都市の用水を確保する 施設としての役割を担っていた。 藩では南溜池の景観の保護にも 力を注いでいたようだ。 『弘前藩庁日記』宝永7年(1710)7月23日の記事には、 本町5丁目から南溜池に至る 広小路の両脇の垣根を 箕垣(みのがき)にするようにとの 申し渡しが行われ、 また、文化4年(1807)4月29日には 「大円寺通」の土居沿いに松や桜を植え付け、 万延元年(1860)には、 これらの木々にいたずらをしないようにと 触書も出されている。

挿絵2

城下住民の憩いの場

こうした藩の尽力もあり、 また城下町に近い立地条件もあって、 南溜池は身分を問わず、 城下の人々にとっての憩いの場となっていた。 藩では納涼にやってきた城下の住民がくわえ 煙管でこの付近を徘徊する事を たびたび禁止しており、 文政5年(1822)には溺死の危険があるとして 「浴水」を禁止している。

藩主も行った釣り

景勝地でのんびり行う鮒や雑魚釣りは、 現在も昔も変わらない楽しみのひとつ。 南溜池は藩主が遊びとしての 漁をする場でもあった。 網を入れての「御漁」の際、 まったくの不漁であった事から天保期には 子鯉24000匹あまりが、 時には鰻が放流されることもあったようだ。 その鯉や鰻を狙ったものか、 南溜池では城下の人々が盛んに釣りを行っている。 禁止のお触れがたびたび出されていたが、 一向に効果がなかったようだ。


記事カテゴリー


バックナンバー


ダウンロード

陸奥新報紙面で掲載した内容を、プリントアウトして読みたい方に、A4サイズにレイアウトしたPDFがダウンロードできます。


参考文献・協力

弘前藩よろず生活図鑑を制作するにあたり、ご協力いただいた方々や参考文献・資料一覧はこちらから。


弘前藩よろず生活図鑑は


編集部が製作しています。