弘前藩よろず生活図鑑 Web版

陸奥新報紙面で掲載した内容を、
不定期に更新していく、
Web版よろず生活図鑑です。
紙面を見逃した方も、初めて読む方も、
分かりやすい内容となっています。

2011.06.01

彩と賑わいを愉しむ

祭りの助演
大正時代、話題の飲食店

「花より団子」とはよく言ったもの。 桜花よりも時として注目を集めるのが食。 大正時代に話題となったものの一部をご紹介。

まずは大正5年(1916)に二の丸に開店し、 西洋一品料理やビールを提供した「末広」。 翌年には角長仕出し店が同じく 二の丸に西洋館を新築して「公園バー」を開業。 生ビールや洋食、 親子丼や牛めしもメニューに見える。 観桜会期間中、 二の丸には野崎食品による「カルピスホール」や 「コーヒー店」、百石町にあった「不老園」の喫茶店、 公園看守舎宅前の「大和館食堂出張店」は 洋食や日本酒、特にビールの販売で賑わっていた。 西濠には「蓮池亭」があり、鮎の鮓(すし)を提供。 大正8年(1919)の第2回の観桜会頃から園内には バナナのたたき売りやガサエビ売りが 目立つようになった。

挿絵1

挿絵2

挿絵3

挿絵4

挿絵5

挿絵6

祭りの賑わい、出店の歴史

サーカスにお化け屋敷、見世物小屋に津軽そば。 数々の出店も花見に賑わいを添える。

弘前公園に露店が出現したのは明治28年(1895)。 公園として一般開放された城址を訪れる 遊楽客をターゲットにした出店である。 明治32年(1899)4月の招魂祭では 二の丸から三の丸に渡って露店が立つようになる。 観桜会が開催した大正時代にはサーカスや芝居、 見世物に自転車レースなどの催しなどで賑わった。 しかし、戦争が出店の様子を変えてしまう。 カフェー街が二の丸から四の丸へ移転させられ、 大衆食堂でも酒の販売を禁じられた。 そして昭和18年(1943)、 ついに観桜会は中止された。 昭和21年(1946)、 戦後間もなくの出店は闇市まがいの露店が 暴利をむさぼりドブロクが横行、 香具師が婦女子に絡んだり 傷害沙汰が絶えないなど、混沌としていた。 それらを市が管理し、現在のような形となったのは 昭和30年代の事である。


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