弘前藩よろず生活図鑑 Web版

陸奥新報紙面で掲載した内容を、
不定期に更新していく、
Web版よろず生活図鑑です。
紙面を見逃した方も、初めて読む方も、
分かりやすい内容となっています。

2011.06.02

彩と賑わいを愉しむ

紅葉狩りの風情
藩主も訪れた「中野もみじ山」

県内外から多くの観光客が訪れる紅葉の名所 「中野もみじ山」。 江戸時代後期の旅行家・菅江真澄は 寛政10年(1798)の秋にこの地を訪れ、 その光景を、こう記した。

「野原・切り立った崖・岩の峯がそびえたつ頂上・ 小さな坂などの木々、 高いのも低いのもすべて紅葉し、 落ちる水が岩を飲み込んで激しく流れる風情、 はらはらと散る紅葉に夕陽が映る」。

津軽三不動の一つが祀られている中野村は 人々の信仰を集めていた。 中野もみじ山は不動堂の境内とされ、 黒石藩はもとより弘前藩の藩主もたびたび 参詣に訪れながら紅葉を鑑賞していたようだ。 さらに紅葉の名所として発展させたのは、 黒石藩から弘前藩へ養子に迎えられた 9代藩主・寧親。 享和2年(1802)9月26日、 中野を訪れた寧親は美しい情景に心動かされ、 翌年4月13日、 京都から取り寄せた楓の苗木を不動尊に奉納し、 また、自らの手で3本の楓を植樹した。

挿絵1

挿絵2

「弘前城菊と紅葉まつり」の開催

秋の弘前公園を彩る「弘前城菊と紅葉まつり」。 秋の紅葉を楽しむ 「観楓会(かんぷうかい)」に合わせて、 育てた菊を持ち寄る品評会が行われるようになり、 昭和37年(1962)、「菊ともみじまつり」として 開催されるようになったのが始まり。

江戸時代から、 春の桜見と秋の菊見は地域を問わず人々の楽しみ。 江戸では菊花で船や鳥を造る遊びが盛んとなり、 名古屋の黄花園が菊人形を全国的に普及させた。

弘前城菊と紅葉まつりでは約30体の菊人形と 着物姿の衣装人形10体で舞台を演出。 着物に見立てた小菊は7日くらいで 着せ替えが行われ、 会期中に印象の異なる人形を楽しめる。

挿絵3

挿絵4


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