ロシア船の南下など日本をめぐる国際情勢が激変した18世紀末、その防止策として、幕府は寒さに慣れた東北藩士を蝦夷地(現・北海道)に派遣(1807年)。その多くは弘前・会津藩士であった。
かし、その多くがビタミン不足による不治の病「浮腫病」(※1)の犠牲となり、幕府は1855年(安政2年)の再派遣時に薬効性の高い「珈琲」を配給した。長崎・出島の蘭学者や特権層を除くと、日本で最初にコーヒーを飲んだ庶民は弘前藩士であり、彼らの命の綱は紛れもなく「珈琲」であったといえる。
※1 浮腫病/水ぶくれになり、顔がむくみ、腹が太鼓のようになって苦しみ死ぬという奇病。
珈琲の歴史に思いを馳せる「おもてなしの心」
津軽の先人たちが見舞われた悲劇を偲び、その御霊にとりつかれたかのように「藩士の珈琲」を幕末当時の淹れ方で再現した成田専蔵氏(58歳)。その想いの原点を1992年に自らが建立した稚内市・宗谷公園の慰霊碑に示した。
そして、コーヒーを愛し、研究・提供に努める立場として故郷や家族を想い、コーヒーを口にすることなく亡くなった先人の無念さ、コーヒーを貴重な薬として「ありがたく」服用したであろう先人たちの心情を、琥珀色の1杯に心を込めて注いでいる。「歴史のロマン溢れる城下町・弘前から人と人の輪を育み、日本地図全体を珈琲色に染めたいですね。」成田氏の夢と情熱は未来へと続く。




プロフィール
成田専蔵(なりた・せんぞう)
青森県平川市出身。旅行会社勤務後、23歳で脱サラし喫茶店を経営。平成5年、弘前市樋の口に焙煎工場「北の珈琲工房」を設立し、11年同市城東北に現在の「成田専蔵珈琲店」を開店。弘前コーヒースクールを主宰。
成田専蔵珈琲店
- 弘前市城東北2-7-4
- 0172-28-2088
- 10:00〜19:00
- 木曜休
- http://www.naritasenzo.co.jp


























